最高裁判所第三小法廷 昭和39年(オ)183号 判決 1966年9月20日
上告人 鈴木あき子
右訴訟代理人弁護士 平野安兵衛
被上告人 中田きぬ
主文
原判決を破棄する。
本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人平野安兵衛の上告理由について。
農地を農地以外の土地に転用する目的のもとに売買契約を結んだ売主は、買主と協力して農地法五条所定の知事に対する許可申請手続をして権利移転の許可を受け、売買契約を効力あらしめるよう、信義則上要求されるところに従って努力すべき義務を当然に負うものであって、この義務は、右許可を得るか、売主として当然になすべき叙上の努力をしても如何ともなしえない事由に基づく不許可処分があるまでは、売主においてこれを免れることはできないものと解すべきである。
本件において、原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)の確定したところによると、被上告人が上告人と連名で本件農地につき農地法五条所定の所有権移転許可申請書を愛知県知事に提出したところ、被上告人の世帯員が他から小作している農地があり、これを地主に返還するか、あるいは、本件農地の移転につき右地主が承諾するかが明らかにされないかぎり、許可を与えることはできないという理由で、申請の任意撤回という形式のもとに、右申請書が返戻され、前記小作地の地主が本件農地の所有権移転につき承諾を与える見込はなく、また、被上告人が右小作地を地主に返還することもできない事情にある、というのである。原判決は、右事実を前提として、被上告人が売主として許可申請手続をなすべき義務はその履行を終り、また、本件農地の売買契約については、法定の条件たる知事の許可を受けられないことが実質上確定したものとした。
しかしながら、右返戻の理由とするところは、農地の転用に関する法定ないしは当然の不許可事由とは認められず、手続上も申請の任意撤回という形式で処理されていることに徴すると、右返戻は、小作地の地主との関係の調整を試みることなくして直ちに許可を与えることは実際上相当でないとの配慮に基づく便宜的な事実行為であるにとどまり、その調整がつかない限り将来においても許可しない旨の確定的な判断を示したものとは解されない。したがって、叙上の認定事実から直ちに本件売買契約について知事の許可を受けられないことが確定したものとすることはできず、原判決判示のとおり、返戻の趣旨にそった調整をなしうる見込がないとしても、被上告人はその事情を具して改めて申請手続をとり、知事の実質的判断に基づく正式な許否の処分を求める義務があるといわなければならない。
してみると、原判決が、前記申請書の返戻によって、本件農地の売買については法定の条件の不成就が確定したものと判断したのは、その前提において、知事のなした右返戻行為の解釈を誤り、ひいては理由齟齬の違法を犯したものというべく、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。<以下省略>
(裁判長裁判官 下村三郎 裁判官 五鬼上堅磐 裁判官 横田正俊 裁判官 柏原語六 裁判官 田中二郎)
上告代理人平野安兵衛の上告理由
第二審判決には判断遺脱理由齟齬の違法がある。
(一) 第二審判決は本件農地につき農地法第五条所定の所有権移転許可申請書が返戻された事について被上告人の世帯員が他から小作している耕作地を地主に返すか、あるいは本件農地移転について地主が承諾するか明かにしない限り許可を与えることは出来ないとの理由によるものであると断じているけれども速断である。
申請書が返戻されたのは簡単な附箋(何処から返戻されたかも明かでない小さな紙片)が付けられて返戻されたのであるがそれは農地法第二十条との関連において、被上告人の世帯員の小作地について地主との間で何等かの話合がなされたか否かを一応問うているに過ぎないのであると考えられるものであって小作地を返還するか地主の承諾を得るか、いづれか明かにしない限り許可を与えることはできないとする積極的な意義を持ったものではないのである。
(二) 又第二審判決は前記申請書返戻について被上告人等が該申請を一応任意撤回したという形式をとって事を処理したものであると断じているけれども速断も甚しい。
被上告人はかかる場合その世帯員が小作地を返還するか否か或いは地主の承諾の有無を記載補充して申請書を再び提出する必要があるのであるが不許可を希望する被上告人は返戻された事を奇貨として書類を握り潰していたのであって、上告人はその事を知らずに経過していたのであるが、あまり手間取っているのでその事を追求したところ前述の事実が明かになったので小作地の件の記載補充の上、再度申請書を提出することに協力するよう被上告人に求めたのであるが被上告人はこれに協力しないで我を張っていたのである。本件申請書を任意撤回の形式をとって事を処理したものであるとの認定は全く片手落の判断である。
(三) 第二審判決は申請書返戻により最早被上告人には許可申請手続に協力する義務はないと断じ小作地を返還するか、あるいは地主の承諾を得て申請をする債務はないと附加しているけれども全く不可解な見解である。
上告人の求めているのは小作地について返還か、あるいは地主の承諾かではないのであって、その点は如何様であろうとも、それに関する記載を補充して申請書を提出して貰いたいという事である。その点の如何によって不許可の決定を見ても、それは止むを得ぬ事で上告人としては意に介していないのである。
(四) 第二審判決は前述の通り根底に於て全く間違った見解を取り、その余もこれに附随する見解を取っている事は全く判断遺脱理由齟齬の違法の見解と言わねばならぬ。
農地法第五条所定の許可不許可は本件のような簡単な附箋を付けて返戻するような曖昧不明確なものではなく明確に確認することが出来る文書によるべきものである事は他言を要しない。単に附箋を付けて返戻されたような場合は不備の点の補充が求められていると解する事が妥当であり常識である。それ故に申請手続をする義務のある者は補充すべきを補充して提出する義務がある事は当然である。
被上告人は全く専恣な考えで不許可を希望しているものであり手続に協力することを拒んでいるもので上告人に対しては勿論本件に関与した人々を悩した常識外の事が多かったのであり第一審の審理についても全く事実に反する非難を敢てしたりし上告人は全く心外であるがこのような事は禁反言の法理に反するものであると称しても過言でないのであって被上告人の専恣な主張に荷担する結論を出した第二審判決は実に遺憾で全く不可解と言う外はないのである。
(五) 被上告人の世帯員の小作地を返還するかしないか、あるいは本件農地移転を地主が承諾するかしないか、そのいづれであっても本件許可申請については行政官庁で具体的な事情に即して判断し許可不許可を決定するのであって、そういう事は一切行政官庁にまかすべきである。上告人は前述の通り行政官庁が前記の事実に対し如何ような判断をし決定を下しても、その事については異議はないのであるが、そういう正式な処理を求める事を拒む第二審判決に対しては承服出来ないのであって要するに第二審判決は行政の分野で正式に処理すべきを漫然阻止する越権的なものとの誹を免れないものである。
以上の通り第二審判決は判断遣脱理由齟齬の違法があるものであるから破毀を免れないものである。